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東京高等裁判所 昭和61年(ネ)1784号 判決

控訴人 石黒藤緒

右訴訟代理人弁護士 柴義和

被控訴人 神奈川県信用保証協会

右代表者理事 佐藤実

右訴訟代理人弁護士 大原修二

飯田直久

主文

原判決中控訴人の債権者代位に基づく請求を棄却した部分を取り消す。

前項の請求にかかる控訴人の訴えを却下する。

控訴人のその余の控訴を棄却する。

訴訟費用は第一、二審とも控訴人の負担とする。

理由

一  請求原因一1、2、同二2、同三1、2の各事実は当事者間に争いがなく、≪証拠≫によれば請求原因一3の事実が認められ、右各証拠に≪証拠≫を総合すると請求原因三3の事実が認められる。

二  右争いのない事実及び認定事実に、≪証拠≫並びに弁論の全趣旨を総合すると、本件土地建物について、控訴人は、被控訴人に対し、原判決別紙登記目録記載の登記事項どおりの本件根抵当権を設定し、その登記を経由したこと、当時、訴外会社と被控訴人との間には「請求原因に対する認否二」記載の四つの信用保証委託契約が締結されており、その内①ないし③の各保証委託にかかる貸付が関係金融機関と訴外会社との間になされ、これに基づく訴外会社の債務が存在していたこと、右①ないし③の信用保証委託契約に基づく債権が本件根抵当権の被担保債権に含まれるかどうかはさて措き、少なくとも「請求原因に対する認否二」の④の昭和五六年七月八日付信用保証委託契約から生ずる債権は右被担保債権に含まれるところ、右④の保証委託にかかる湘南信用組合と訴外会社との取引は昭和五七年七月一四日には終了し、これに基づく債務はすべて消滅していたこと(この事実は当事者間に争いがない。)、被控訴人は、右①ないし③の信用保証委託契約に基づいてした保証により、昭和五七年六月一一日、訴外会社の中南信用金庫及び平塚信用金庫に対する債務合計六〇九万五〇五五円を代位弁済したこと、控訴人は、本件根抵当権の被担保債権は右④の信用保証委託契約から生じたもののみであるとして、本件根抵当権設定登記の抹消を求める本件訴訟を提起し、これに対し、被控訴人は右①ないし③の信用保証委託契約による債権も本件根抵当権の被担保債権に含まれると主張して、争つていたこと、本件訴訟の進行中に請求原因一1の売買契約が締結され、右契約において、控訴人は、宍倉商事に対し、昭和六〇年一月末日までに本件土地建物に存する抵当権等の負担を抹消する旨を約していたが、本件訴訟が未解決で右期限までに本件根抵当権設定登記の抹消をなし得る状況にはなかつたところ、宍倉商事は、第三者に本件土地建物を転売したことから、本件根抵当権設定登記を早急に抹消する必要に迫られ、被控訴人と交渉した結果、両者間に、宍倉商事が被控訴人に対し、前記①ないし③の信用保証委託にかかる被控訴人の前記代位弁済に基づく求償債権を支払つて、本件根抵当権の抹消を受ける旨の合意が成立し、前記請求原因三2のとおり、支払及び登記がなされたこと、以上の事実が認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

三  そこで、控訴人の不当利得及び不法行為の主張について判断する。≪証拠≫並びに前記二認定の事実を総合すると、被控訴人は、宍倉商事からの支払の対象とされた訴外会社に対する前記求償債権が本件根抵当権の被担保債権である旨を主張しており、宍倉商事は、担保不動産の第三取得者として、本件根抵当権設定登記の抹消を得るため、右求償債権に対する代位弁済をしたものであること、宍倉商事は、右支払の当時、控訴人と被控訴人との間に、本件根抵当権の被担保債権の範囲及び本件根抵当権の現存の有無について争いがあり、その登記の抹消を求める訴訟が係属中で、本件根抵当権の実行禁止の仮処分もなされている事実を知つており、右支払の直前に、宍倉商事の担当者は、控訴人及び控訴人代理人に会い、控訴人側としては代位弁済を承服しがたい旨を告げられていたこと、しかし、宍倉商事は、自己の必要から早急に本件根抵当権設定登記を抹消するため、代位弁済をすることに決断し、被控訴人と交渉をし、被控訴人は、訴外会社に対する求償債権の内、約定の年一四・六パーセントの割合による損害金の一部を年八・二五パーセントの割合による金額に減額して、その額の支払によつて右登記を抹消することを承諾し、昭和六〇年一月三一日、宍倉商事は七二六万九三〇六円を支払い、被控訴人は右登記を抹消する旨の合意が成立し、なお、その際、控訴人との関係は宍倉商事において一切処理し、被控訴人には迷惑をかけない旨の念書が作成され、右支払及び登記がなされたものであること、以上の事実が認められ、この認定を覆すに足りる証拠はない。

右認定事実によれば、宍倉商事は弁済すべき債務の債務者ではないが、弁済について正当の利益を有するものであり、自己の取得した物によつて負担すべき責任の有無すなわちその基礎となる被担保債権の有無について、担保権者と担保設定者との間に争いがあることを知りながら、自己の判断により被担保債権の存在を承認して代位弁済をすることを約し、被控訴人も、自己の主張する債権額より減額した額の弁済を受けることによつて担保を解消することを約して右合意に至つたものであるから、右合意は双方の互譲によつて成立したことが明らかであつて、これを和解契約というに妨げない。そうすると、仮に被担保債権が存在していなかつたとしても、民法六九六条により、和解契約の当事者は、その存在を争うことができないこととなる。また、右認定のところから、債権の存否について争いがあることを知りながら支払を承諾した宍倉商事に、錯誤がないことも明らかである。

したがつて、宍倉商事の支払による被控訴人の利得には法律上の原因があり、また、被控訴人の行為に違法はないというべきである。

四  のみならず、控訴人主張のごとく前記①ないし③の信用保証委託契約に基づく被控訴人の前記代位弁済による求償債権が本件根抵当権の被担保債権に含まれないものとすれば、本件根抵当権の被担保債権の元本が確定し、かつ、債権が残存しないものであるから、その登記は、宍倉商事の支払の有無にかかわらず抹消されるべきものであつたことになり、宍倉商事の被控訴人に対する支払は、控訴人に対する求償の根拠を欠くことになる。そうすると宍倉商事の行つた請求原因三3の相殺の意思表示は、自働債権が存在しないから無効であつて、控訴人は依然として宍倉商事に対し相殺額相当の売買代金債権を有していることになるから、宍倉商事の無資力により右代金債権の取立が事実上不可能である等の特段の事情の認められない限り、控訴人は何ら損失又は損害を被つていないというべきである。

五  以上の次第で、控訴人の不当利得及び不法行為の主張は失当というべきである。

六  つぎに、控訴人の債権者代位権に基づく請求について判断する。

控訴人は、宍倉商事が昭和六〇年一月末日被控訴人に対してした七二六万九三〇九円の支払が法律上の原因を欠くものと主張し、控訴人の宍倉商事に対する売買代金債権を保全するため、宍倉商事に代位して、宍倉商事の被控訴人に対する不当利得返還請求権を行使するというのである。

しかし金銭債権の保全のために債権者代位権を行使するには債務者の無資力を要件とするものと解すべきところ、宍倉商事が控訴人に対して売買残代金を弁済するに足る資力を有しないものであることについては、控訴人において何ら主張立証しないところであるから、本件請求は債権者代位の要件を具備していないものである。

したがつて右請求にかかる部分については、本件訴えは不適法であつて却下を免れない。

七  よつて、控訴人の本訴請求中債権者代位に基づく請求を棄却した部分につき原判決を取り消し、右請求にかかる訴えを却下することとし、その余の請求を棄却した部分については原判決は結論において相当であつて、その部分につき本件控訴は理由がないから棄却する

(裁判長裁判官 野田宏 裁判官 川波利明 米里秀也)

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